祝クロード・ハンフリーが殿堂入り

復帰一発目のネタがこれか、とも思いますが非常に嬉しいニュースがいいタイミングで飛び込んできましたので


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 現地2日今年のホールオブフェイマーたちが発表されましたがその中に1968年から1978年の間ファルコンズで活躍したDEクロード・ハンフリーの名前がありました。
 オールドファンにはおなじみの選手なのかもしれませんが、恥ずかしながら私が彼のことを知ったのはここ2,3年のことだったと思います。確か現地フォーラムの「ポジションごとに歴代最高の選手を決めよう」みたいなスレで。

 選手としては圧倒的なパスラッシャーで、ファルコンズに全体3位で指名された1968年は11.5サックでその年の守備新人王を獲得し、その後ファルコンズ在籍の約10年の間で、プロボウルに6回、オールプロファーストチームに5回選出という数字だけ見てもどれだけの選手だったかをうかがうことができます。キャリア通算サック数は実に126.5(ファルコンズ時代の総計は94.5)、万年ドアマットチームの黎明期において一際輝く存在だったことは容易に想像がつきます。また1977年にはチーム創設初のプレイオフ進出の立役者となりました(いわゆる「GritsBlitz」ディフェンスの年ですね)。

 ただハンフリーという人のことを強く意識するようになったのはその物凄い成績を知ったときではなく、彼が何年もホールオブフェイマーになれずにいることを知ったときでした。
 これほどの実績を持ちながら初めてファイナリストに名が挙がったのが引退して20年以上も経った2003年で、その後も何度も落選を続け、さらにここ数年は最終候補にまでも残れない年が続いていました。
 彼には他にも不遇な面が色々とあり、まず何よりもよりによって2年前発足したばかりでNFLのど底辺のファルコンズに入ってしまったこと(オイ)、活躍したのがサックが公式に記録されない時代だったこと、ひいてはパスラッシャーという存在自体が非常に(少なくともファン目線では)過小評価されていた時代だったことなど。まあこういったことが投票者たちの心象に少なからず影響を与えていたことは間違いないでしょう。特に最初のヤツが。

 とはいえこれだけなら、まあよくある不運だよね、選考委員ナニ考えてんだファッキュー○ね程度で済むんですが、ことファルコンズファンにおきましてはそれだけに収まらない部分もありまして。
 と言いますのも何を隠そうわれらが隼軍団、50年近い歴史を持ちながらこれまでただの一人の殿堂入り選手も輩出したことがございません。おいおいディオンがいるじゃないか、それにあと4,5年もすればGONZOが入るじゃないかとおっしゃる方は二人の現役時代の姿を2秒で思い浮かべてください、どっちも他所様のユニを着てるでしょう?少なくとも私はそうでした。この両名以外にも「ファルコンズに在籍経験のある」ホールオブフェイマーは何人かいるものの(参照)、その全盛期をファルコンズで過ごした正真正銘の「ファルコンズの殿堂入り選手」は存在しなかったのです。昨日までは。
 というわけで私含む一部の卑屈なファルコンズファンにとってHall of fameってのはやっかみを初めとした結構色んな感情が入り交ざったものだったわけです。唯一日本一になったことがない某球団ファンにとっての優勝みたいなもんですね、はい。
 そしてだからこそ、そういった複雑な感情の最前線に位置し、そして敗れ続けていたハンフリー爺さんには一度もプレイをみたことがないのに随分な愛着を勝手に抱いていたわけで、それがついに殿堂入りなんて話を聞いたら、そりゃドラフト記事漁りなんて中断します。

 や、なんか言いたいことがまとまらなくなりましたけど、元祖サック王殿堂入り本当におめでとうございます!
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